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1 競売リスクの見落としと損害賠償|東京地判平成4年4月16日改題【宅建士法定講習】
問 宅地建物取引業者(以下、「宅建業者」という。)Aは、自社の不動産事業の多角化のため、金融機関Bから融資を受けたうえで、東京都豊島区東池袋の自社所有の土地上に5階建の商業ビル(以下、(以下、「本件建物」という。)を建築することとし、2015年7月15日、本件建物は完成した。本件建物にはBの根抵当権が設定され、その設定登記手続も完了したが、次第にAの積極拡大路線がその経営を圧迫していくこととなる。
かねてよりサンシャイン通り周辺エリアでのラーメン店開業を検討していたXは、2025年10月25日、物件情報の収集のため、池袋東口の宅建業者Yを訪れ、Yの営業担当者Cに対して事業用物件の紹介を依頼した。CがAの作成に係る本件建物の募集広告をXに見せたところ、Xは内見を経て本件建物をとても気に入り、同年12月20日、Yの媒介により、本件建物の1階部分について、賃料月額7万円、敷金21万円、契約期間を2026年1月15日から2028年1月14日までの2年間とする賃貸借契約(以下、「本件契約」という。)を締結した。
もっとも、本件契約の当日、Aの従業員DがYの事務所に現れ、「諸般の事情により、弊社において重要事項説明書や賃貸借契約書を作成することができなくなったため、お手数ではありますが、御社において作成していただきたい。契約には私が立ち会います。」という趣旨の発言をしている。Yは何とも急な話と困惑したものの、Aにおいて法令上の制限その他については既に調べてあるのだろうと考え、大急ぎで募集図面を参照しつつ様式Excelファイルに必要事項を入力して書面を出力し、Dの立ち会いのもとで重要事項説明等に臨んでいる。そのため、Yは本件建物について独自調査を行っていないし、その時間的余裕もなかった。
物件の選定を終え、500万円をかけて内装工事を行い、保健所に対する飲食店営業許可申請手続の目途もたってきたXのもとに、2026年1月25日、裁判所から引渡命令書が届いた。驚いたXが事情を調べてみると、本件物件は、本件契約前の2025年10月5日の時点でBの申立てに係る競売開始決定による差押登記がなされており、同年12月20日にXが取得した本件建物の賃借権は、はじめから競落人に対抗できないものであったことが判明した。Yの事務所で何ら説明を受けていない引渡命令の到達に激怒したXは、直ちに知り合いの弁護士Eに相談し、媒介業者Yの調査義務違反を理由として、Yに対して700万円の損害賠償を請求することとした。
この事案に関する以下の記述のうち、正しいものはどれか。
1 重要事項説明書や賃貸借契約書は、多くの場合、元付業者において必要な調査を行ったうえで借主側媒介業者に送付するものであるから、契約当日のX来店の直前に突然Aから書類作成を依頼されたYには、本件建物に係る差押登記に気づかなかったことについて過失が認められない。したがって、XのYに対する請求は、Yに不可能を強いるものであり、裁判所において棄却されるであろうことは明らかである。
2 宅建業者が契約締結に先立ち説明する必要がある重要事項のうち、「当該・・・建物の上に存する登記された権利の種類及び内容」とは、登記簿の権利部乙区の権利の種類及び内容を意味し、権利部甲区の内容は含まれない。したがって、本問において、YはBが有する根抵当権の存在・内容及びこれが実行された場合にどうなるかさえXに説明すれば、重要事項説明の担い手としての宅建業者の義務を果たしたことになる。
3 Xの来店の当日まで契約書類一式がYの事務所に届いていないこと自体が、不動産仲介の現場感覚からすれば異例の事態である。さらに、Aの従業員Dが契約書類一式を持参するのではなく、Yによる作成を依頼しに来るということも通常考えられないことである。とはいえ、不自然な経緯はあるものの、登記情報は登記情報提供サービスを利用することによって常に即時の確認が可能であるから、Yは調査義務違反を理由とする損害賠償責任を免れない。
4 Xの来店の当日まで契約書類一式がYの事務所に届いていないこと自体が、不動産仲介の現場感覚からすれば異例の事態である。さらに、Aの従業員Dが契約書類一式を持参するのではなく、Yによる作成を依頼しに来るということも通常考えられないことである。このような不自然な経緯に直面したYとしては、本件契約の締結を延期する等慎重を期すべきであり、Dらを軽信して独自調査を経ることなく契約書類一式を作成して契約事務を進めたYは、調査義務違反を理由とする損害賠償責任を免れない。
5 本問において、2025年10月15日付賃借権設定仮登記をDが有しており、Dを貸主として重要事項説明書や賃貸借契約書を作成し、Dが貸主の立場からYの事務所での契約事務手続に立ち会っていた場合であれば、Xは本件建物に係る賃借権を競落人に対抗することができる。