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第1話 曹操、刀を献ず
問1 なぜ曹操は董卓に重用されていたのか?
1 曹操が己の立身出世のために時の権力者に擦り寄っていたため
2 曹操の同僚らが自己保身のために曹操の抜擢を進言したため
3 曹操が董卓暗殺の機会を得るために董卓に媚びへつらっていたため
問2 なぜ王允は曹操を宴席から追い出したのか?
1 招かれてもいないのに酒を飲みに来た曹操の図々しさが我慢ならなかったため
2 官吏らの面前で打倒董卓を主張した曹操を同志と認めて守ろうとした
3 曹操を多くの官吏らの面前で叱りつけることで自身の権力を誇示しようとした
問3 呂布は董卓が持っていた七星剣が欲しくなってしまったが、後日、もう1つ欲しいものが生じることとなる。それは何か?
1 貂蟬
2 セブンスター
3 朝鮮
第2話 曹操、亡命す
問4 なぜ陳宮は捕縛された曹操を逃がしたのか?
1 董卓暗殺計画を実際に行動に移した曹操への畏敬の念から、ともに国を救いたいと考えた
2 自身の俸禄からすると、洛陽で聞いた「官吏にならずともよい」という曹操の言葉は的を射ていた
3 妻子と別れて人生をやり直したかったが、道中の話相手が欲しかった
問5 曹操は牢獄の中で何を後悔していたのか?
1 董卓1人を殺害しても第2の董卓を生むだけであり、刺客としてではなく義勇軍を組織して対抗すべきであった
2 門番による荷台の確認が終わった後、もっとゆっくり進んでいれば気づかれずに済んだかもしれない
3 陸路ではなく黄河を下っていれば見つからなかったかもしれない
問6 陳宮が袁紹の軍勢への合流を献策した際、曹操はなぜこれに反対したのか?
1 四世三公の名家出身の袁紹から「宦官の孫」と揶揄された過去があったから
2 袁紹が洛陽への軍勢派遣を董卓に要請した結果、さらに国が乱れることとなったから
3 袁紹の勢力伸長のために利用されることをおそれたから
第3話 曹操、善人を誤殺す
問7 陳宮から呂伯奢殺害を責められた曹操は何と答えたか?
1 今日は無名の者でも明日は天下を揺るがす時代だ。そなたは今日の振舞いを後悔することになる
2 伯父上は私ではなく、乱世に殺められたのだ
3 我人に背くとも、人我に背かせじ
問8 曹操が反董卓連合に参加する際、手土産として持参したものは何か?
1 洛陽で天子から授かった本物の勅書
2 曹操自ら作成した偽の勅書
3 父・曹嵩が家財を売り払って捻出した金銀
問9 劉備は義弟の関羽と張飛に反董卓連合に加わる目的を何と説明したか?
1 董卓暗殺未遂で名をはせた曹操の評判を貶め、立場逆転のきっかけとするため
2 官職や爵位のためではなく、賊を討ち漢を再興するため
3 武功をあげることによって董卓の次の政権において自らの発言力を高めるため
第4話 関羽、華雄を斬る
問10 関羽が華雄を討った際、曹操は何に驚いていたか?
1 身分が低いことを理由に関羽が戦うことに反対した袁術
2 人馬の数は多くとも無策のまま参集した反董卓連合の面々
3 酒も冷めぬうちに勝利した関羽と、それを見ても瞬きひとつしなかった劉備
問11 反董卓連合の諸侯らが相互に牽制し合っているという認識で一致した曹操と劉備だが、両者の見解の違いとして正しいものはどれか?
| 曹操の認識 | 劉備の認識 | |
| 1 | 乱世を収めることなど無理だが、権謀・人材活用によって天下を獲ることは可能 | 漢室の末裔として、天意に従い、忠孝を尽くし、仁義を行うことによって漢を再興したい |
| 2 | 董卓の次に権力を掌握するのは孫堅であろうから、今のうちに孫堅の勢力を削いでおこう | 董卓の次に権力を掌握するのは袁紹であろうから、今のうちに袁紹の歓心を買っておこう |
| 3 | 袁術が劉備に兵糧等を支給しないのは、袁紹に無断で袁術が勝手に行ったことであろう | 袁術が兵糧等を支給しないことを、袁紹も黙認しているのであろう |
第5話 三英傑、呂布と戦う
問12 人の中では最も強い、馬の中では最も速いと称えられたものとして正しいものはどれか?
1 人中に曹操あり、馬中に絶影あり
2 人中に劉備あり、馬中に的盧あり
3 人中に呂布あり、馬中に赤兎あり
問13 なぜ曹操は袁紹に孫堅の勝利を祝う宴を開くよう勧めたのか?
1 反董卓連合の先鋒として奮戦してきた孫堅を労いたかったから
2 孫堅の大敗を伝えれば、諸侯のうちの誰かが孫堅に武器や兵糧を送ってしまうかもしれないから
3 孫堅の大敗を伝えれば、諸侯が浮足立ち反董卓連合の士気が鈍るから
問14 董卓はどこに遷都するよう命じたか?
1 上海
2 長安
3 成都
第6話 孫堅、玉璽を得る
問15 なぜ曹操は孫堅に洛陽攻撃の役目を譲ったのか?
1 反董卓連合で先鋒を務めながらも、袁術の謀略によって大敗に追い込まれた孫堅に同情していたから
2 焦土作戦で廃墟となった洛陽にもはや価値などなく、むしろ漢の天子を奪うべきだから
3 董卓暗殺未遂で名をはせたばかりの自分よりも、孫堅が次の権力者として適任だと思ったから
問16 曹操・劉備及び孫堅が反董卓連合を離脱した理由を組み合わせたものとして正しいものはどれか?
| 曹操 | 劉備 | 孫堅 | |
| 1 | 袁紹が董卓を討つ機会をみすみす逃し続けてきたから | 反董卓連合とは名ばかりで、諸侯は乱に乗じて利を得ようとしていたから | 董卓軍との戦闘で受けた傷の養生が必要だから |
| 2 | 徐栄の伏兵に敗れたことによる信用失墜を抑えるには、逆ギレで乗り切るしかなかったから | 反董卓連合とは名ばかりで、諸侯は乱に乗じて利を得ようとしていたから | 董卓軍との戦闘で受けた傷の養生が必要だから |
| 3 | 袁紹が董卓を討つ機会をみすみす逃し続けてきたから | 反董卓連合とは名ばかりで、諸侯は乱に乗じて利を得ようとしていたから | 洛陽で取得した伝国璽を持ち帰り、一刻も早く皇帝に即位したかったから |
第7話 孫堅の死
問17 孫堅の命を救った可能性のある情報分析として正しいものはどれか?
1 袁術は袁紹の同族であり、反董卓連合においても盟主・袁紹を支える立場にあった。その袁術が袁紹の謀略を暴露するような書状を送ってくるはずがない
2 劉表は袁紹からの密書を見せてくれただけでなく、目の前で破り捨ててくれた。このような義に厚い人物が我々を陥れるようなことをするはずがない。形ばかりの陣を敷くという話も辻褄があっている
3 洛陽から伝国璽を持ち帰って以来、諸侯の我々を見る眼が明らかに厳しくなった。石ころを保有し続けるメリットはないのであるから、むしろ、欲しがっている者同士を争わせるために利用すべきである
問18 なぜ劉表は捕虜となった黄祖と孫堅の遺体の交換に応じたのか?
1 わずか9歳の孫権が使者として来訪したことに加えて、「憎むべきは直接手を下した劉表ではなく暗殺の密命を下した袁紹である」との孫堅の遺言に感銘を受けたから
2 黄祖の救出のため全力で孫家と交渉したという話にすることで、自身に対する荊州軍の信頼を高めようとしたから
3 孫堅の遺体を孫家に戻すことで、天下の人々の自身に対する視線をいくばくか和らげられると考えたから
第8話 王允の離間の計
問19 王允が画策した連環の計について正しく説明したものはどれか?
1 船の揺れによる兵士達の消耗を抑えるために多数の船を鎖でつなぐ方策
2 金銀財宝や女性を贈り続けることによって堕落させる謀略
3 1人の女性をめぐり複数の男性が争うよう仕向ける謀略
第9話 鳳儀亭の貂蟬
問20 王允の連環の計を成功に導いたものを組み合わせたものとして正しいものはどれか?
ア 赤兎馬のために養父・丁原を殺害した呂布が、今度は貂蝉のために養父・董卓を殺害することになりかねないとして、貂蝉を呂布に与えるよう董卓に進言した李儒
イ 貂蝉を呂布に与えるよう董卓に進言したうえで、これを拒む貂蝉を養父の立場から厳しく𠮟りつけた王允
ウ 董卓の好色さと呂布の真剣な想い
エ 呂布を長らく空位であった大将軍に任命したうえで、将来的には自身の後継者として即位させるという董卓の方針
1 アイ 2 イウ 3 ウエ
第10話 董卓の死
問21 董卓殺害の頃の長安の政治情勢を説明した記述として誤っているものはどれか?
1 かつて董卓暗殺未遂で名をはせた曹操に従っていた陳宮が、王允の連環の計を見抜いたうえで、董卓と決裂した呂布に暗殺の決断を迫っている
2 董卓の死後、王允は積年の恨みを晴らすため、軍事的な合理性に基づかないまま李傕・郭汜を追い詰め続けた。その様子はさながら第2の董卓のようであったが、逆に攻められて討たれた
3 曹操は牢獄の中で「董卓暗殺は第2の董卓を生むだけ」と後悔していたが、これは曹操の杞憂にすぎず、董卓の死によって国は安定を取り戻した。この時の王允の「もうちっとだけ続くんじゃ」という言葉が我が国でも広く知られている。
第11話 劉備、徐州を救う
問22 曹操の父・曹嵩は出世した息子のもとに向かう途上、陶謙の部下・張闓に殺害された。曹操は父の死とどう向き合ったか?
1 青州兵を傘下に収めて勢力を急拡大させたものの、多くの兵を養えるだけの十分な領地がない。父の殺害は徐州攻めの恰好の口実となる
2 陶謙は私に近づこうとして、頼んでもいないのに父の護衛を張闓に命じたが、逆に私を怒らせることになった。私は怒りと悲しみのあまり、剣を鞘に収めることすらおぼつかない
3 父を殺害したのは張闓であって陶謙ではないのだから、護衛の任命・監督責任は残るものの、誠意を尽くして謝罪したうえで金銀・財宝をもって償えば赦すこともやぶさかではない
問23 曹操は徐州攻略に十分な兵力を有しながら、なぜ撤退したのか?
1 まだ幼い諸葛亮が代筆した劉備の書状の素晴らしい出来に感銘を受けたから
2 陶謙の軍勢に非戦闘民まで加われば自軍の損害は大きくなり、たとえ徐州を攻略できても隣国につけ入る隙を与えてしまうから
3 徐州を攻めている間に陳宮の献策を容れた呂布に本拠地・兗州を攻められたから
第12話 呂布、小沛に留まる
問24 徐州から兗州に戻った曹操によって撃退された呂布を受入れた際の劉備の言葉として正しいものはどれか?
1 我人に背くとも、人我に背かせじ
2 我人に背かれるも、我人に背かず
3 治世の能臣、乱世の奸雄
第13話 曹操、皇帝を傀儡とす
問25 長安から洛陽に逃れる途中、天子は諸侯に対して漢を援けよとの詔を発したが、これに対して曹操はどう向き合ったか?
1 漢の天子にもはや価値はない以上、名を捨て実利を取るべきである。我々にとっては青州・幽州の討伐のほうがはるかに優先順位が高いのであるから、詔については、両州を支配下に収めたタイミングであらためて検討すれば足りる。
2 漢の天子を援けるならば、我々に漢の天子を援けるメリットがなければならない。しかし、衰退した漢を援けたところで弱い味方が増えるだけであるから、詔はこれを無視したうえで、当分の間、なりゆきを見守るべきである。
3 天子を手中に収めれば、天子の名のもとに諸侯に命を下すことができる。李傕と郭汜の対立後の混乱のなか、天子が自領の方角に逃れて来ているのはまさに千載一遇の好機である。
問26 洛陽に馳せ参じた曹操が、天子一行への手土産として持参したものは何か?
1 熱い鶏の汁物
2 漢の再興を願う兗州の民らの署名及び千羽鶴
3 瑪瑙・琥珀等といった金銀財宝
問27 曹操の献策を容れて許都に入ったばかりの天子・劉協は、どのような勅命を下したか?
1 劉備を徐州牧に任ずるのみである
2 劉備を徐州牧に任ずるとともに、袁術の討伐を命じた
3 劉備を徐州牧に任ずるとともに袁術の討伐を命じたが、それは曹操が天子の名のもとに命じたものである。曹操は、劉備が袁術の二心を上奏したとの密書を袁術にも書き送っている
第14話 呂布の裏切り
問28 天子の勅命によってもたらされた袁術・劉備のリスクと、それを回避するために講じた策の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 袁術のリスク | 劉備のリスク | 袁術の対抗策 | 劉備の対抗策 | |
| 1 | 二虎競食 | 駆虎呑狼 | 呂布に金銀財宝を与えて劉備を襲わせたうえで、時機を見て呂布も始末する | 呂布の仁義を信頼する |
| 2 | 二虎競食 | 二虎競食 | 曹操からの密書を劉備のもとに届けたうえで、劉備とともに曹操を攻める | 袁術からの提案を容れたうえで、呂布と張飛にも出陣を命じる |
| 3 | 駆虎呑狼 | 十面埋伏 | 呂布に金銀財宝を与えて劉備を襲わせたうえで、時機を見て呂布も始末する | 呂布の仁義を信頼する |
問29 劉備が袁術討伐に向かった際、留守を守る張飛に対して発した軍令と、張飛が守れた軍令の数の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 劉備の軍令 | 張飛が守れた軍令 | |
| 1 | ①酒を飲まぬこと ②腹を立てぬこと ③兵に乱暴をせぬこと ④飲酒運転をせぬこと | 2つ |
| 2 | ①酒を飲まぬこと ②腹を立てぬこと ③兵に乱暴をせぬこと | 1つ |
| 3 | ①酒を飲まぬこと ②腹を立てぬこと ③兵に乱暴をせぬこと | 何も守れなかった |
問30 呂布が徐州に入るまでの出来事を時系列に即して並べたものとして正しいものはどれか?
① 呂布が小沛に入り、徐州と掎角の勢をとる
② 劉備が小沛に入り、徐州と掎角の勢をとる
③ 呂布が徐州承継を固辞する
④ 劉備が徐州承継を固辞する
⑤ 呂布が徐州に逃れる
⑥ 関羽と呂布の一騎討ち
⑦ 張飛と呂布の一騎討ち
⑧ 陶謙の死
⑨ 劉備の出陣
⑩ 呂布の出陣
1 ⑤③①④⑧⑦②⑩⑨③①
2 ④②⑧⑤⑥③①⑨⑩④②
3 ④②⑧⑤③①⑨⑩④②
第15話 轅門に戟を射る
問31 袁術配下の紀霊が劉備のいる小沛を攻めた際、徐州の呂布は両陣営のために宴席を設け、自分が放った矢が方天画戟にあたれば和睦せよと提案した。この戦いの勝敗はどのように決したか?
1 呂布が放った矢は惜しくも外れた。その結果、劉備は紀霊の軍勢に捕えられ、以後は孫策とともに袁術のもとに身を寄せることとなった。呂布としても、和睦のために努力したことを天下に示すことができた。
2 呂布が放った矢は見事に方天画戟にあたった。紀霊は軍事的には優位にあったが、既に約束してしまった以上、撤退せざるを得なかった。
3 呂布が放った矢は見事に方天画戟にあたったが、紀霊は約束を反故にして劉備を攻めた。敗れた劉備は袁紹の仁義を信じて河北に逃れた。
問32 孫堅の死後、袁術のもとに身を寄せていた孫策の志に旧臣らの関心が集まっていたが、孫策はどのように考え行動したか?
1 袁家は四世三公の名門で軍事力も群を抜いていたことから、袁術の地盤を継承することが立身出世への近道となる。そこで、袁術の意を汲んで養子入りを申出た。
2 父・孫堅の遺言どおり伝国璽を袁術に差し出す代わりに父の旧臣を袁術から引き抜き、小規模ではあるが強く結束した軍勢を率いて江東に進出した。
3 孫権は伝国璽を手放すよう主張し続けていたが、孫堅の死の直接の原因は劉表の謀略であって伝国璽ではない。他日を期するため、今は静をもって動を制すべきである。
第16話 呂布、徐州牧となる
問33 袁術が皇帝に即位したとの報に触れた曹操が、自らの失態を認めつつも高笑いしていた理由及びその後の曹操の対応を組み合わせたものとして正しいものはどれか?
ア 漢の天子を許都に迎えて傀儡としたが、油断している間に袁術が皇帝に即位してしまった。これでは私が劉協を操る意味がない。うっかりしていた。
イ 孫堅に洛陽攻撃の任を譲らなければ、今ごろ伝国璽は私が手にしていたであろう。そうであれば、袁術ではなく私が皇帝になっていたはずだ。うっかりしていた。
ウ 漢の衰退は誰の目にも明らかであったが、あからさまに漢を簒奪すれば天下の反感を一身に集めることになる。私は袁術をそれなりの人物だと思っていたのだが、ここまで愚かだとは思わなかった。私は彼を見誤っていた。
a 漢の天子を廃して曹操自ら皇帝に即位した
b 漢の天子の名で偽帝・袁術討伐の詔を発した
1 イa 2 ウa 3 ウb
問34 袁術討伐のため出陣した曹操は、道中、ある失敗を犯した。同じ頃、徐州の呂布もある失敗を犯している。両者の失敗の内容及びその後の展開の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 曹操の失敗 | その後の展開 | 呂布の失敗 | その後の展開 | |
| 1 | 袁術討伐のため許都を空にした | 幸運にも許都は攻撃されなかった | 許都が空だと気づかなかった。陳宮も同様である。 | 遅ればせながら許都に攻め込んだが、既に守備兵が戻ってきていたため、やむなく徐州に引き返した |
| 2 | 馬が暴走したことにより麦畑を荒らした | 民の害を除くことを大義名分として出陣したにもかかわらず、自ら軍令を破ったのでは示しがつかないとして、自ら命を絶った。 | 偽帝・袁術からの縁談の申出を独断で承諾した | 陳宮が袁術の使者に対して「天子は婚姻の慣例を守り民の手本となるべき」と述べて輿入れを延期させた |
| 3 | 馬が暴走したことにより麦畑を荒らした | 自ら軍令を破ったのでは示しがつかないが、荀彧の提案を容れ、袁術討伐の大任を果たすことをもって罪を償うとして自らの髷を切った。これにより、全軍の士気が高まった。 | 偽帝・袁術からの縁談の申出を独断で承諾した | 陳宮が袁術の使者に対して「天子は婚姻の慣例を守り民の手本となるべき」と述べて輿入れを延期させた |
問35 偽帝・袁術討伐の詔に応じて軍勢を動かしたのは劉備だけであったが、これを知った曹操は軍師に対して劉備の処遇について意見を求めている。曹操の軍師たちが提示した選択肢及びこれらを踏まえたうえでの曹操の決断の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 荀彧の提案 | 郭嘉の提案 | 程昱の提案 | 曹操の決断 | |
| 1 | 劉備には野心があるため処刑すべきである | 劉備を処刑すれば民心を失うため利用すべきである | 劉備を利用したうえで、後日、処刑すべきである | 劉備を処刑すべきであるが、呂布に殺らせる |
| 2 | 劉備を処刑すべきであるが、呂布に殺らせる | 劉備を利用したうえで、後日、処刑すべきである | 劉備を処刑すれば民心を失うため利用すべきである | 劉備には野心があるため処刑すべきである |
| 3 | 劉備には野心があるため処刑すべきである | 劉備を処刑すべきであるが、呂布に殺らせる | 劉備を処刑すれば民心を失うため利用すべきである | 劉備を利用したうえで、後日、処刑すべきである |
問36 偽帝・袁術討伐のため出陣した曹操であったが、兵糧が底をつきかけているとの報告を受けた。升を密かに小さくするよう兵糧官に命じたが、このままでは兵士たちが反乱を起こしかねない。曹操はこの苦境をどのようにして乗り越えたか?
1 軍馬を殺すことで当面の兵糧としつつ、孫子にならい食糧の現地調達に踏み切った。曹操は再び麦畑を荒らすこととなったが、荀彧の提案を待っていたかのように、再び自らの髷を切って見せしめとした。
2 食糧の現地調達によっても十分な兵糧を確保できなかったため、天子の名で諸侯に対して今すぐ食糧を送るよう勅命を下した。諸侯からの兵糧が届くまでの間、曹操は「この先に梅林があるから、そこまでの辛抱だ!」と兵士たちを鼓舞することで飢えを忘れさせた。
3 兵糧官に食糧横領の罪を着せて処刑したうえで、兵士たちに対して、今後は食糧を十分与えるから短期間で決着をつけよと命じた。これにより士気が高まった曹操軍は、ほどなくして寿春攻略に成功した。戦後、曹操はその兵糧官の遺族の面倒をみた。
第17話 劉備、兄弟と離れる
問37 曹操は寿春で袁術に勝利したものの、父・曹嵩の殺害以来渇望していた徐州にはいまだに呂布と劉備がいる状況であった。曹操が徐州攻略のために講じた策として誤っているものはどれか?
1 呂布と陳宮の離間を謀る
2 呂布と劉備の離間を謀る
3 呂布と貂蝉の離間を謀る
問38 呂布は陳宮に無断で陳珪・陳登父子を重用したが、陳宮はこの父子をまったく信用しなかった。以下の記述のうち、陳宮が自説の論拠としたものはいくつあるか?
ア 陳珪・陳登父子が重用されるようになった頃から、兗州の行商人が徐州に出没するようになった。無論、兗州は曹操の本拠地である
イ 劉備が曹操に通じていることを示す密書が発見された
ウ 劉備は忠臣を装った奸賊である
エ 陳珪・陳登父子には、陶謙が徐州を治めていた頃、裏で袁紹と通じていたという過去がある
オ 陳珪・陳登父子が曹操あるいは劉備の間諜であることを直接裏づける証拠はない
カ 陳登は陳宮のことを称賛していたようだが、陳登が間諜であるならば当然の行動であり、何ら矛盾はない
キ 陳宮は自らの軍師としての立場を陳珪・陳登父子に脅かされていると感じており、嫉妬心も抱いていた
ク 呂布に徐州を奪われた劉備には、曹操と結託して呂布を攻める動機がある
1 4つ
2 6つ
3 すべて論拠とした
問39 劉備が裏切ったと思い込んだ呂布は劉備のいる小沛を攻撃したが、劉備が守りに徹したため攻めあぐねた。劉備としては、なぜ呂布が自分を攻めるのか理解しかねたが、糜芳を使者として曹操に援軍を要請したことで状況が次第に見えてきた。曹操が徐州に向けて出陣した時期及び合流の際の留意点の組み合わせとして正しいものはどれか?
【曹操の出陣の時期】
ア ③
イ ②
ウ ①
【合流の際の留意点】
a 玄徳賢弟殿を一刻も早く救出しなければならない。
b 劉備と呂布を戦わせて双方とも消耗させる。劉備が呂布に討たれればしめたものである。
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1 アb 2 ウa 3 ウb
第18話 呂布の死
問40 徐州を追われて下邳に籠った呂布に対する陳宮の献策の内容及びその結果を組み合わせたものとして正しいものはどれか?
| 陳宮の献策 | その結果 | |
| 1 | 我々が2ヵ月持ちこたえれば、曹操は兵糧がもたずに撤退するであろう。曹操軍としてはできる限り早期に我が軍を攻撃したいだろうが、今は激しい雨がやむのを待っているのであろう。曹操が呂伯奢の遺体を燃やそうとした時も天はこれを遮ったのだから、今回も天は我が軍に味方するはずである。 | 雨期であるはずが、なぜかすっかり晴れあがってしまい、曹操軍の猛攻の末に下邳は落城した |
| 2 | 激しい雨が降っている隙に呂布が城を出て高台に張陣し、下邳に残って歩兵を指揮する陳宮と掎角の勢をとれば、呂布・陳宮いずれが攻められても我々は曹操軍を挟撃できる | 出陣直前の貂蝉の発病により呂布の出陣は延期された。その結果、呂布は出陣の時機を逸した |
| 3 | かつてないほどの大雨により下邳が大水害に見舞われたことを受け、もはや我々に残された道は、①曹操に降伏するか、②これからは魚として生きるかのいずれかであると述べた。 | 劉備を攻撃したことを後悔した呂布は、急ぎ荊州から諸葛亮を呼び戻すとともに、今後の人生は魚として生きていくことにした |
問41 天下無双の呂布が曹操軍に敗れた直接の原因として正しいものはどれか?
1 呂布は最愛の妻・貂蝉を城に残して出陣することはできないとして出陣を延期した。その間、雨の降るなかでの待機を強いられた兵士たちの多くが風邪をひいたため、曹操軍の猛攻にまったく太刀打ちできなくなってしまった。
2 逃亡兵が軒並み水死したり曹操軍に討たれるなかで、赤兎馬と方天画戟を有する呂布だけは、貂蝉を抱えながら曹操の遠征軍の包囲を突破した。しかし、後詰の荀彧の軍勢に捕えられた末に2人とも殺害された。
3 呂布の配下の武将らが曹操軍から放たれた矢文を読んでいたところ、呂布から寝返りを疑われて処罰を受けた。これにより、寝返りの決意を固めた武将らが呂布の寝込みを襲い、方天画戟を城外に投げることをもって寝返りの証とした。
問42 自軍の敗北が不可避であることを悟った陳宮は、「我ら将兵は死して屍を拾う者などない」と述べたが、曹操はこの戦いで少なくとも2名の才ある人物を獲得している。その2人を組み合わせたものとして正しいものはどれか?
1 陳宮 高順
2 陳宮 張遼
3 張遼 貂蝉
第19話 曹操・劉備の暗闘
問43 呂布を攻め滅ぼしてようやく徐州を支配下に収めた曹操であったが、劉備の処遇という難題は残っていた。徐州から許都に戻るタイミングでの各軍師の提案及びそれらを踏まえた曹操の決断を組み合わせたものとして正しいものはどれか?
| 荀彧の提案 | 郭嘉の提案 | 程昱の提案 | 曹操の決断 | |
| 1 | 曹操が徐州を支配下に収めた以上、もはや劉備を処刑する必要はない。郭嘉の意見に賛成する。 | 約束どおり劉備を徐州牧に任じて小沛に残しつつ、曹操の息のかかった人物に実権を掌握させるべきである | 郭嘉の意見に賛成する | 郭嘉の意見を採用しかけたが、劉備を徐州に残して欲しいとの民の陳情を聞いたことで翻意し、劉備を許都に連行することとした |
| 2 | 劉備には野心があるため処刑すべきである | 劉備を処刑すれば民心を失うため利用すべきである | 劉備を利用したうえで、後日、処刑すべきである | 劉備を処刑すべきであるが、袁術に殺らせる |
| 3 | 曹操が徐州を支配下に収めた以上、もはや劉備を処刑する必要はない。郭嘉の意見に賛成する。 | 約束どおり劉備を徐州牧に任じて小沛に残しつつ、曹操の息のかかった人物に実権を掌握させるべきである | 郭嘉の意見に賛成する | 郭嘉の意見を採用しかけたが、劉備が欲しいとの貂蝉の陳情を聞いたことで翻意し、劉備を直ちに殺害することとした |
問44 曹操は中央政界の動向を把握するために天子をお誘いして許田で狩りを催し、天子の弓を借りて鹿を射殺した。この時の文官武将らの反応の分析として正しいものはどれか?
1 天子は同族の劉備を左将軍に任じたが、その狙いが劉備を反曹操勢力として育成することにあるのは明らかである。しかし、狩りの日の関羽を見るに、劉備が急激な昇進を遂げたことで義兄弟らは調子に乗っているのであろう。劉備による統制もたかが知れている以上、あの3兄弟が自滅する日もそう遠くはなかろう。
2 狩りの日の荀彧を見るに、やはり彼の心は大いに漢の天子の方を向いている。彼の王佐の才がなければ今日の曹操はなかったし、今後の勢力拡大もあり得ない。程昱の言い分にも一理あるが、建国の功臣の意に反してまで漢を簒奪して帝位につくなど、曹一族は永久に考えてはならない。
3 曹操の無礼な振る舞いを見て、朝廷の忠臣・董承は怒りに顔を赤らめ、関羽も剣を抜きかけ、曹操の軍師である荀彧でさえも溜息をついていた。既に天子は名目のみの存在であり、実権は曹操が掌握しているが、未だに多くの人々の心が漢の天子に向いている現時点においては、曹操自ら帝位につくことなど考えるべきではない。
第20話 劉備、命を受ける
問45 劉備が畑に座ってもの想いにふけっていると、宴席を設けた曹操の命により張遼と許褚が劉備を迎えに来た。その際の劉備の対応として正しいものはどれか?
1 既に董承によって天子の血書が劉備のもとにもたらされていたが、それを悟られてはならない。自らの身を守り天子の願いを実現するためには、機が熟するまでは曹操を油断させておく必要がある。そこで、かねてより自ら畑でニラを栽培して野心などないように振舞っていたが、その真実性を高めるため、畑の土を自らの頬に塗り、農作業に没頭しているかのように見せようとした。
2 軍事力では曹操に敵わないものの、天子を蔑ろにして自ら恣に中央政界を動かし、先頃は父の仇討ちと称して徐州も侵略した曹操は、忠孝・仁義にもとる奸賊であると正論を唱えて宴の席への招待を拒否した。さらに、張繍の叔母・鄒氏に夜伽をさせたことで曹昂・典韋・曹安民らを死なせたことに話を拡げようとしたところ、許褚に首を刎ねられた。
3 漢の左将軍という公職の立場にありながら無断で副業を行うことは国家公務員法違反である。戒告程度であれば痛くも痒くもないが、せっかく育てたニラを没収されてはたまらない。そこで、自身の取り分は減るが、曹操に最もできの良いニラを最初に献上することで処分を減免してもらえないかと考えた。幸いにも、曹操は劉備の提案を了承したため事なきを得た。
問46 宴席での「天下の英雄は誰だと思う?」という曹操の問いかけに対する劉備の回答として正しいものはどれか?
1 天下の英雄と呼べるのは、丞相のお立場から天子をお助けし、漢の再興に日々尽力されている曹操殿をおいて他に見当たりません。とはいえ、漢の衰退は誰の目にも明らかであり、民心も曹操殿に帰順して、曹操殿のご即位を朝な夕なに渇望しています。今こそ天命に逆らう逆賊を討ち、自ら帝位におつきになるべきです。
2 私には英雄を見抜く力などありませんが、強いて挙げるなら、淮南の袁術、河北の袁紹、荊州の劉表、益州の劉璋、江東の孫策殿、西涼の馬騰・韓遂並びに宛の張繍はいかがですか?今、挙げた人物以外には心当たりはありません。
3 聞けば、天子が董承殿とともに功臣閣を訪問されたとの情報は、現場の兵卒からもたらされたとか。許田での狩りの後に体調を崩された天子が時を経ずに功臣閣に行かれるのは不自然と感じ、指示はなかったものの念のため報告したとか。彼こそが、名もなき英雄といえましょう。
問47 宴席の時点で、既に曹操は許都に天子をお迎えし、その軍事力も強大なものとなっていた。他方、劉備は官職こそ左将軍の地位にあったが自らの地盤を持たないいわば居候の身にすぎなかった。にもかかわらず、曹操が劉備を自らと並んで英雄であると言い切った理由及び仁義に対する理解の組み合わせとして正しいものはどれか?
ア 理由①:関羽が華雄を斬っても平静を保っていた
理由②:曹操が徐州を攻めた際、寡兵ながらも陶謙に加勢した
理由③:袁術討伐の詔を受けていなくとも討伐軍に馳せ参じた
イ 理由①:関羽が華雄を斬っても平静を保っていた
理由②:曹操が徐州を攻めた際、寡兵ながらも陶謙に加勢した
理由③:劉備は漢室の血を引く皇叔である
a 曹操にとって仁義とはただの題目だが、劉備にとっては人を殺せる本物の武器である
b 曹操にとって仁義とはただの題目だが、劉備にとっては勢力拡大の足枷となっている
1 アa 2 アb 3 イa
第21話 吉平、毒を盛る
問48 偽帝・袁術討伐のため曹操から軍勢を借りて徐州に向かった劉備であったが、程昱の進言を容れた曹操の命により、張遼と許褚が劉備を許都に連れ戻しに向かった。この時の劉備と張遼の考えを組み合わせたものとして正しいものはどれか?
| 劉備の考え | 張遼の考え | |
| 1 | 袁術討伐を口実としてようやく曹操の支配を脱することができたわけであるから、ここで連れ戻されるわけにはいかない。そこで、袁術が河北に向かいつつある状況を利用し、「将は外に在りては君命も受けざるところあり」と伝えて許都に戻ることを拒否した。 | 「将は外に在りては君命も受けざるところあり」という言葉は有名だが、劉備の言葉は曹操の支配を脱するための我田引水にすぎない。我々の任務は連れ戻しであるが、許褚の言うとおり、劉備をここで殺害することこそが、この言葉の本来の用法に忠実である。 |
| 2 | 袁術討伐を口実としてようやく曹操の支配を脱することができたわけであるから、ここで連れ戻されるわけにはいかない。そこで、袁術が河北に向かいつつある状況を利用し、「将は外に在りては君命も受けざるところあり」と伝えて許都に戻ることを拒否した。 | 許褚はこの場で劉備を殺すべきと主張するが、丞相が我々に与えた任務は劉備を連れ戻すことであり、直ちに殺すことではない。そこで、許都には戻らないとの劉備の意思を確認したうえで、劉備の言葉を正確に丞相に報告することとした。 |
| 3 | どこかで読んだ「将は外に在りては君命も受けざるところあり」という言葉を格好良く使ってみたいとかねてより思っていた。しかし、軍令を守らずに徐州を失った張飛の顔が目に入った時、やはり君命には従うべきだと思い直し、許都に戻ることとした。 | 許褚はこの場で劉備を殺すべきと主張するが、兵法は常に変化するものであり、兵書に縛られてはならん。丞相が我々に与えた任務は劉備を連れ戻すことであるから、劉備の帰還の意思を確認したうえで、逃亡阻止のため、劉備とその配下たちを監視しながら許都に引き返すこととした。 |
問49 偽帝・袁術を討った劉備は許都には戻らず、軍勢を貸してくれた曹操から徐州を奪った。これを知った曹操は怒りのあまり頭痛で倒れたが、ほどなくして、曹操のもとには毒薬に加えて妙薬が届くこととなる。妙薬の内容及び毒薬を届けた者の名前の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 妙薬の内容 | 毒薬を届けた者 | |
| 1 | 袁紹配下・陳琳が起草した討賊の檄文 | 吉平 |
| 2 | 袁紹配下・陳琳が起草した討賊の檄文 | 漢献帝・劉協 |
| 3 | 曹操配下・荀彧が起草した天子への上奏文 | 董承 |
第22話 三兄弟離散す
問50 董承の下僕の密告によって漢献帝・劉協の血書の存在が露見したが、曹操の対応の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 密告者の処遇 | 董貴妃の処分 | 天子の処遇 | |
| 1 | 処刑 | 直ちに処刑 | 曹操の娘・曹節を中宮とした |
| 2 | 褒美を与える | 直ちに処刑 | 功臣閣に幽閉した |
| 3 | 処刑 | 出産後に処刑 | 曹操の娘・曹節を中宮とした |
問51 董貴妃らの処分後、曹操は劉備から徐州を奪還するために出陣したが、その際の各軍師の見解及びこれを踏まえた曹操の方針の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 荀彧の見解 | 程昱の見解 | 曹操の方針 | |
| 1 | 優柔不断な袁紹には我が軍が徐州を攻めている隙に兗州を攻めることはできないであろう。確実に勝利できるときしか動けない男である。我々は迅速に徐州を攻略すべきである | 袁紹が優柔不断であるとしても、軍師の田豊・許攸らはどうであろうか。徐州を攻略できなければ我々は帰る場所すら失いかねない | 袁紹は兵馬の数は多いが愚かである。他方、兵馬の数は少ないが劉備には才がある。袁紹に勝利するためには、まずは劉備から徐州を取り戻す必要がある。 |
| 2 | 袁紹は決断力に欠けるが、我が軍が徐州を攻めているのを黙って見ているほど愚かではない。しかし、呂布に攻められたときのように今回も兗州の兵がよく守って撃退してくれるであろう | 劉備は既に袁紹に援軍を要請しているに違いない。劉備には関羽・張飛に加えて趙雲までもが加わっており、袁紹の軍勢が徐州に到着するまでに徐州城を落とすことは困難である | 袁紹は兵馬の数は多いが愚かである。他方、兵馬の数は少ないが劉備には才がある。袁紹に勝利するためには、まずは劉備から徐州を取り戻す必要がある。 |
| 3 | 戦の勝敗はリーダーの資質のみで決まるものではない。袁紹は北平の公孫瓚を滅ぼしたばかりであり、兵馬の数は増えたとはいえ統制が及んでおらず、当面は軍勢を動かすことはできないであろう | 袁紹が優柔不断であるとしても、軍師の田豊・許攸らはどうであろうか。徐州を攻略できなければ我々は帰る場所すら失いかねない | 袁紹は兵馬の数は多いが愚かである。他方、兵馬の数は少ないが劉備には才がある。袁紹に勝利するためには、まずは劉備から徐州を取り戻す必要がある。 |
問52 徐州城に籠る劉備の抵抗により曹操軍の死傷者が増えていったが、曹操が城の包囲を解いて30里撤退した理由として正しいものはどれか?
1 天子の血書が露見して退路を断たれた劉備の抵抗は凄まじい。しかも、我が軍の劣勢を知れば、下邳の関羽も城を出て我々を挟撃するだろう。関羽に対する備えも怠れない。
2 曹操軍が数千の屍を残して撤退したとなれば、劉備は我々の野営地に夜襲を仕掛けてくるだろう。劉備を誘い出して勝機を掴むために、あえて我が軍の屍を劉備に見せているのである。
3 少し前までは宴席を設けて2人で語り合った仲である。今はお互い頭に血がのぼっているが、冷静になって話し合えば妥協点を見いだせるであろう。しばらくクールダウン期間を設けよう。
第23話 関羽、三事を約す
問53 劉備の夜襲を撃退した曹操は、救援に来た関羽も山の麓で包囲した。しかし、関羽を殺すのは惜しいと考えた曹操は、関羽と親交のある張遼に関羽の説得を命じた。軍師・程昱は、張遼に対して、「今、関羽が死ねば3つの罪を負うことになる」と述べて説得するよう勧めたが、その3つの罪を組み合わせたものとして正しいものはどれか?
ア 劉備が生死不明の状況で関羽が死ねば、劉備が生きていた場合、桃園の誓いを破ることになる
イ 自らの名を歴史に残すために勝ち目のない戦いをして兵を失えば、兵士らの家族に申し開きがたたない
ウ 関羽が死ねば、劉備夫人の屋敷への接近禁止命令は解かれ、夫人の貞操が奪われることにもなりかねない
エ 漢の再興を果たす前に死ねば、冥土で天子や劉備に顔向けできないであろう
1 アイウ 2 アイエ 3 アウエ
問54 関羽が張遼を通じて曹操に伝えた投降の条件及びこれに対する曹操の反応として誤っているものはどれか?
1 関羽は曹操ではなく漢に帰順すると述べた。曹操は漢の丞相の立場ではあるが、漢の天子の名で事実上漢を動かしているのであるから、漢に降伏することは曹操に降伏するも同様である
2 関羽は劉備夫人を手厚く守り兵士らを近づけないことを求めた。厚遇しないわけがない
3 関羽は劉備の居場所がわかり次第、辞去すると述べた。それでは助ける意味がないと曹操は悩むが、程昱の提案を採用して、劉備が施した以上の恩恵を関羽に施すことによって関羽を心服させることにした
第24話 白馬の戦い
問55 曹操は関羽に対する恩恵として、かつて呂布が乗っていた赤兎馬を関羽に与えたが、その後の関羽の言葉を聞いて倒れてしまった。この時の関羽の言葉として正しいものはどれか?
1 先日、丞相からいただいた女性は、長兄・劉備の奥方様の侍女としましたが、既に孫乾の子を宿しています。孫乾に代わって御礼申し上げます。
2 日に千里駆ける赤兎馬さえあれば、長兄・劉備の行方がわかったとき、1日で対面できます。
3 丞相から手厚くもてなしていただいている間に、すっかり脾肉がついてしまいました。赤兎馬も私を乗せて走るのは大変でしょう。
問56 袁紹は曹操討伐のため挙兵したものの、許都攻撃の決断を下せないまま半年が経過した。袁紹の軍師の発言のうち、自己矛盾とはいえないものとして正しいものはどれか?
| 1 | 田豊 | 袁紹の国力は曹操の倍以上、3年で兵馬兵糧は曹操の数倍になるであろうから、今は富民強兵を図るべきである。戦力差が拡大した後で戦えば楽に勝てる、すなわち、静をもって動を制するべきである。 | 曹操が徐州の劉備を攻めた時こそが許都を攻める絶好の好機であった。 |
| 2 | 許攸 | 今こそが袁紹と曹操の実力差が最も大きい時である。しかも、曹操軍内で疫病が蔓延して士気が落ちているとの報告が届いた。この機を逃さず進軍するべきである。 | 袁紹よりも曹操の方が国力を発展させるために多くの時間を要する。 |
| 3 | 郭図 | 袁紹は冀州・青州・幽州・并州に君臨し、兵馬も兵糧・軍資金も充実している。天子の血書などなくとも、直ちに挙兵して曹操を討ち、自ら帝位につくべきである。 | (官渡において)ご主君は勝利を確信しているはず。しばらく待てば、戦わずして勝てるかもしれません。 |
問57 白馬の戦いに出陣する曹操のもとに赤兎馬にまたがった関羽が馳せ参じたが、曹操は関羽の出陣を拒んだ。しかし、自軍が袁紹配下の豪傑・顔良の奇襲によって敗北すると、程昱の献策を容れて関羽に出陣を命じた。曹操が、当初は関羽の出陣を拒んだ理由及びその後出陣させた理由の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 当初は出陣を拒んだ理由 | 関羽を出陣させた理由 | |
| 1 | 関羽が戦場で手柄をたてれば、自分のもとから去ってしまうと考えた | 袁紹軍には顔良に加えて文醜もいるため、白馬での戦いに勝利するためには関羽を使わざるを得なかった |
| 2 | 関羽が戦場で手柄をたてれば、自分のもとから去ってしまうと考えた | 仮に劉備が袁紹のもとに逃れているのであれば、関羽が手柄をたてれば袁紹は劉備を殺すだろう。そうなれば、関羽を自分の配下として使い続けられるかもしれないと考えた |
| 3 | 関羽に対する恩恵として、これまで幾たびも戦場に身を置いてきた関羽に十分な休養をとらせることとした | 関羽に対する恩恵として、白馬の陣中においても美味い肉や酒をふるまうこととした |
第25話 単騎、千里を走る
問58 劉備の生存を知った関羽は、別れの挨拶のために曹操を4度訪問したが、いずれも面会は叶わなかった。仕方なく張遼邸を訪問するも、やはり病と称して会おうとしない。曹操と張遼が関羽に会わなかった理由として正しいものはどれか?
1 曹操は袁紹討伐のための軍議で忙しかった。張遼も珍しく本当に体調を崩していた。
2 曹操・張遼ともに、関羽に会えば別れの挨拶を切り出されてしまうため、会わないことにより関羽の出立を先延ばしにしようとした
3 曹操はこのあたりで関羽に自分を追いかけさせようと考えてわざと冷たくしてみた。張遼は曹操の駆け引きや惚気話を連日聞かされたせいで寝込んでいた
問59 曹操は漢寿亭侯の地位や金銀・美女を与えたが、関羽の出立を阻むことができなかった。関羽を見送る時点での曹操の劉備評及び関羽評の組み合わせとして正しいものはどれか?
【曹操の劉備評】
ア かつて劉備は忠孝で乱世を収めると言っていたが、わしは時代遅れで幼稚な考えだと笑った。しかし、関羽が去ったのはひとえに劉備の人徳のなせる業である。劉備の恐ろしさを思い知った。劉備こそが、わしの本当の敵であろう。
イ 劉備は上辺だけの男。わしこそが英明なる主君である。
【曹操の関羽評】
a かつては関羽に劉備以上の恩恵を施すことによって臣従させてみせようと考えていた。しかし、こうなった以上、今さら嘆き恨むよりも、気持ち良く劉備のもとに送り出すことによって関羽に恩を売っておくほうが得策である
b 領土も兵馬も有しない劉備のもとに帰れば、この先、多くの苦難が待ち受けているだろう。我が軍とも戦うことになるかもしれん。しかし、たとえ関羽が我が敵となったとしても、殺すに忍びない
1 アa 2 アb 3 イb
問60 関羽は曹操・程昱・張遼らに見送られて劉備のいる河北に向かった。しかし、通行手形を所持していなかったため、道中、何度も曹操の配下に命を狙われることになった。関羽はどのように劉備のいる河北まで辿り着いたか?
1 曹操から支給された金銀財宝で関所の守将を買収することにより平穏に黄河を渡った
2 偽造した通行手形を関所で提示することにより平穏に黄河を渡った
3 各関所については、関羽が5関に6将を斬り力ずくで突破した。関羽に部下を殺された夏侯惇が関羽に一騎討ちを挑んでいたところ、追いついてきた張遼の説得によってようやく黄河を渡らせてもらえた
第26話 古城に再会す
問61 関羽の千里行の間、劉備の妻・甘夫人が日記をつけていたとする。下記の空欄に入る語句として適切なものを語句群から選択した場合、正しい組み合わせはどれか?
【甘夫人の日記】
〇月〇日 丞相が通行手形を渡し忘れたせいで関羽殿に大変なご負担がかかってしまいましたが、ようやく黄河まで辿り着きました。ところが、(①)と申す者が我々を追いかけてきて、関羽殿に一騎討ちを挑みました。2人の戦いはもの凄い打ち合いとなり、私は本当に心配でした。
でも、しばらくすると、関羽殿のお友達の(②)殿が丞相の言葉を伝えて一騎討ちをやめさせてくださいました。仕える主は異なりますが、(②)殿には何かとお助けいただきました。いつか、和やかにお話しできる日が来るといいですね。
〇月〇日 河北に入ってほどなくして、かねてより関羽殿を慕っていた(③)と申す山賊が配下に加わりました。当初、私と糜夫人は玄徳様の名に傷がつくのをおそれて反対しました。でも、(③)は自分1人でもついて行きたいと申したので、本当はちょっと怖かったんですが、認めることにしました。
〇月〇日 関羽殿に親族を討たれた蔡陽と申す者が我々に追いつきました。しかし、関羽殿はこの者をあっという間に討ってくださいました。遠くで(④)殿のような声が聞こえましたが、何を叫んでいるのかはよく聞き取れませんでした。
〇月〇日 関羽殿と(④)殿がニコニコしながら、(⑤)殿が現れたと報告に来ました。しかも、(⑥)殿から兵も借りてくださったとか。本当に頼りになるお方です。ただ、(⑥)殿は先頃、袁紹殿によって滅ぼされてしまったとか。何やら申し訳ない気もします。
(⑤)殿がお世話になっていた関定殿の屋敷で、関羽殿は関定殿のご子息の(⑦)殿を養子にとったそうです。急なお話で私も糜夫人もびっくりしたのですが、(④)殿や(⑤)殿もこの若者の将来に期待されているようです。どうか怒らないであげてくださいませ。
〇月〇日 関定殿の屋敷に玄徳様の使者として(⑧)殿が来られました。徐州にいた頃には、河北の袁紹殿のもとへ援軍をお願いしに行ってくださいましたね。たくさんの景色をご存知でしょうから、今度、糜夫人と一緒にお話をうかがってみたいです。
【語句群】
ア 曹操 イ 程昱 ウ 張遼 エ 夏侯惇 オ 夏侯淵
カ 卞喜 キ 周倉 ク 廖化 ケ 張飛 コ 趙雲
サ 劉表 シ 公孫瓚 ス 孫策 セ 関平 ソ 劉封
タ 孟達 チ 糜芳 ツ 孫乾
1 ①エ②ウ③カ
2 ④コ⑥シ⑧チ
3 ⑦セ③キ⑤コ
問62 汝南の古城で義弟・張飛との再会を果たした関羽であったが、白馬の戦いで顔良・文醜を討った自分を袁紹が赦すか判断しかねて、しばらくの間、河北に向かうことなくこの地に留まっている。その後の経緯の説明として正しいものはどれか?
1 曹操は関羽は約束を破る男ではないと信じて関羽を下邳に戻すことを認め、関羽も約束どおり曹操に降伏した。袁紹も劉備を君子と信じて関羽・張飛に会いに行かせることを認め、劉備も約束どおり義弟2人を伴って袁紹のもとに戻った。なお、顔良・文醜を斬った関羽は、劉備の懇願により赦免されている。
2 張飛が一足先に冀州に入って袁紹の様子をうかがったところ、袁紹の機嫌が良さそうで、しかも、気弱そうで大したことなさそうだったので、関羽にもゴーサインを出した。劉備はその真意を許攸に見抜かれて冀州城に連れ戻されたが、3兄弟は冀州城にて再会を果たした。なお、関羽の処罰は特に問題となっていない。
3 古城で再会を果たした3兄弟と趙雲らは進路を西に向け、荊州の劉表のもとに向かった。かねてより袁紹は劉表に対して曹操の背後を衝くよう求めていたが、孫堅を殺害した時とは異なり、劉表がこれに応じることはなかった。そこで、同族の立場から劉備が劉表を説得しようと考えたためである。
第27話 官渡の戦い
問63 荀彧が儀礼を好むと評したとおり、袁紹は官渡の戦いの前に天と地と先祖を祭り、ほぼ同じ口上を3度繰り返している。しかし、先祖に対する口上の際、これを聞いていた軍師・許攸が渋い顔をしている。その理由として最も合理的なものはどれか?
1 主君たる者、戦いには名分を用意しておくべきであるが、先祖に対する口上の際、袁紹は「恨みをもって曹操を討つ」という私怨を口にしてしまったため
2 天子が李傕・郭汜から逃れて洛陽に向かった際に、曹操に先んじて天子を冀州にお迎えしていれば、より楽な戦いができたであろうという後悔の念に駆られたため
3 ほぼ同じ言葉を3回述べることに何の意味があるだろうか。また、祭祀のためにご自身の身体に傷をつけ、万が一、破傷風にでもなったらどうするのかと苛立ったため
問64 官渡の戦いに先立ち、曹操は袁紹に茶を振舞っている。開戦前に昔話をしたときの曹操は高い勝率を誇るが、以下の語句群のうち、昔話を経て勝利した敵将の個数及び昔話をしても勝てなかった相手の組み合わせとして正しいものはどれか?
【語句群】
ア 下邳の呂布 イ 官渡の袁紹 ウ 荊州の劉琮 エ 江東の孫権
オ 西涼の馬超・韓遂 カ 漢中の張魯 キ 漢中の劉備
1 2個 江東の孫権
2 3個 江東の孫権
3 3個 漢中の劉備
問65 曹操は袁紹に、「この戦があと5年遅ければ確実に我々が勝利していたが、今の我々には勝ち目はない」と述べているが、この言葉の受け止め方として明らかに誤っているものはどれか?
1 曹操が袁紹に茶を振舞ったのは、袁紹軍が西日を受ける時間帯まで開戦時刻を引き延ばすためであり、この席での曹操の言葉の真偽を論ずる意味は乏しい
2 この乱世において、なぜ5年先について確実に予見できると言い切れるのか。また、勝敗は兵家の常と言うが、戦ってもいないのに、なぜ勝ち目がないと言い切れるのか。この言葉を聞いた時点で袁紹は疑念を抱くべきである
3 曹操は自らの経験を踏まえて『孫子の兵法』に注釈を加えるほどの兵法家である。その曹操が5年後であれば確実に勝てたと言うのであれば、袁紹が田豊の提案を退けて許攸の提案を採用したのは正しい判断といえる
問66 曹操は袁紹に対して「天子を譲る」と申し出たが、この申出の意味を説明したものとして正しいものはどれか?
1 自らの意思を持ち、他者の傀儡の立場を良しとしない天子の存在は諸侯らにとっては危険であるから、漢をお支えするうえで、曹操が袁紹にも責任の分担を求めたものである
2 行政の継続性という観点からは、洛陽又はその周辺に天子がおわすことが望ましいとも考えられる。しかし、曹操が天子をお迎えした許は中原の中央部に位置し、孫策らの侵攻も想定されるところである。むしろ、天子は強大な軍事力を有する河北にお迎えすることが行政の継続性に資するという提案である
3 袁紹配下の郭図は、天子の詔などなくとも袁紹自ら帝位につくべきであるという考えであるが、それでは第2の袁術ともなりかねない。天子を譲り受ければ、これまで曹操がやってきたように、天子の名で諸侯を動かすことができるようになる
問67 曹操は宮廷の女官たちも動員して袁紹やその配下らに酒を注がせた。曹操の狙いとして正しいものはどれか?
1 女性を戦場に登場させることで両軍の空気を和ませ、和睦交渉がまとまりやすい雰囲気を醸成しようとした
2 袁紹が宮廷の女官たちのうちの誰かを見初めれば、和睦条件が曹操に有利になるかもしれないという期待があった
3 女性の足で両軍の間を行き来させることで、袁紹軍が西日に照らされる時間帯まで開戦時刻を遅らせられる。また、袁紹の軍勢の士気を削ぐこともできると考えた
第28話 田豊、死諫す
問68 官渡で敗戦を喫した袁紹は、開戦に反対したことで投獄されていた田豊を釈放して重用するとの考えに傾いたが、許攸の提案を容れて、逆に田豊に自害を命じた。袁紹が田豊に自害を命じた理由として正しいものはどれか?
1 真の主君というのは、自らの過ちに気づいて改めはするが、決して自らの非は認めないものである。ゆえに、今さら田豊が正しかったと認めるわけはなく、むしろ、田豊を処刑することによって自らの正当性を天下に示しておく必要があると考えた
2 「冀州の民や文官らが敗戦を悔しがるなかで、田豊だけは牢獄の中で高笑いをしていた、しかも、袁紹は仕える価値のない無能な主君であると吹聴していた」との許攸の讒言を信じて激怒した
3 袁紹は70万の大軍がその半分以下の兵力しかない曹操に敗北したのは、開戦前に天と地と先祖に生贄を捧げなかったせいだと考え、遅ればせながら、田豊を生贄とすれば曹操軍に勝利できると考えた
問69 官渡の初戦で大勝利をおさめ、勝ちに乗じてさらに進撃したい曹操ではあったが、兵糧があと10日分しか残っていなかったため、許都の荀彧宛に進退を問う書簡を送った。この時、荀彧が見抜いた曹操の真意及び荀彧の返答の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 曹操の真意 | 荀彧の返答 | |
| 1 | 袁紹に持久戦に持ち込まれれば苦しくなるため、非常に惜しまれるが、ここは撤退せざるを得ない。ただ、自ら撤退を口にすれば武将らの反対に直面する。そこで、荀彧に撤退を進言させたうえで、荀彧の進言を一種の言い訳として武将らの反対を抑え込み、撤退を実現させようとしている | 進軍を進言したうえで、我が軍の最大のリスクは曹操自身が弱気になることであると曹操を鼓舞した |
| 2 | 袁紹に持久戦に持ち込まれれば苦しくなるため、非常に惜しまれるが、ここは撤退せざるを得ない。ただ、自ら撤退を口にすれば武将らの反対に直面する。そこで、荀彧に撤退を進言させたうえで、荀彧の進言を一種の言い訳として武将らの反対を抑え込み、撤退を実現させようとしている | 撤退を進言しつつも、このままでは自分が武将たちの恨みを買いかねないため、あくまでも、お決めになるのは丞相ですと釘をさしておいた |
| 3 | 我が軍の兵糧が少ないことを袁紹が知れば、必ず持久戦に持ち込もうとするだろう。袁紹との戦いを継続するためには兵糧を徐州から補給しなければならないが、徐州は支配下に収めてからそれほど日が経っておらず、蔵の状況について詳細には把握していない。荀彧ならばわかるだろうかと気になっている | 残りの兵糧を考えれば書簡のやりとりの時間は残っていないため、独断で許都と徐州から追加で兵糧を官渡に送る手筈を整えたうえで、その旨を書簡において事後報告した |
問70 荀彧は曹操の聡明さについて、「天下第二」と述べている。さらに、曹丕が「天下第一」は誰かと問うと、その座は現時点では空席であると述べている。後日、天下第一の座に収まる人物及びこの人物を天下第一の人物として視聴者に紹介した人物の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 天下第一の座に収まる人物 | 天下第一の人物として視聴者に紹介した人物 | |
| 1 | 曹丕 | 司馬懿 |
| 2 | 諸葛亮 | 司馬徽(水鏡先生) |
| 3 | 諸葛亮 | 徐庶 |
問71 曹操の陣を偵察中に密書を奪った許攸は、直ちに袁紹に密書を差し出したうえで曹操軍の兵糧不足を報告した。そして、10万の兵で官渡の曹操を、30万の兵で許都を攻撃すべきと提案したが、袁紹はこれを不採用とした。論理的に考えるとした場合、袁紹がかかる許攸の提案を拒否する理由となり得ないものとして正しいものはどれか?
1 許攸が密書を奪ったのではなく、曹操が奪わせたのである。曹操は、徐州で劉備に勝利した時のように、袁紹軍が夜襲を仕掛けるよう仕向けたうえで、要所に伏兵を配置しているのであろう
2 鄴で許攸の息子が3万の兵糧を横領したことで、官渡への兵糧供給に若干の乱れが生じ、さらに、兵糧を売却して得た金は父・許攸の屋敷の修繕費用にあてられたとの報告がある
3 官渡の陣に10万、許都攻撃に30万の兵を動員すれば、官渡の自陣を守る兵が不足する。着想自体は悪くないが、用いる兵馬の数については再検討を要する
第29話 夜、烏巣を襲う
問72 かつて徐州の劉備が曹操に攻められた際、配下の糜芳は援軍要請のため河北に急行している。許攸が糜芳に対して「徐州は何日持ちこたえられるか?」と尋ねたところ、100日との回答には「あり得ん」、50日との回答にも「それも難しかろう」と否定している。官渡で曹操に投降した際も、曹操に対して「兵糧の残りは何日分ですか?」と尋ねているが、これに対する曹操の返答を説明したものとして正しいものはどれか?
1 今回の出陣では100日分の兵糧を準備したが、現時点で残りの兵糧が50日分という発表は、あくまでも表向きの話であり、本当は1ヵ月分しか残っていないと本当のことを打ち明けたところ、許攸も納得した
2 今回の出陣では100日分の兵糧を準備したが、現時点で残りの兵糧が50日分という発表は、あくまでも表向きの話である。兵の士気に関わる軍事機密ゆえに1ヵ月と言ってみたものの、許攸に偽りであると見抜かれてしまった。そこで、やむなく、10日分を残すのみであると本当のことを打ち明けたところ、許攸も納得した
3 今回の出陣では100日分の兵糧を準備したが、現時点で残りの兵糧が50日分という発表は、あくまでも表向きの話である。兵の士気に関わる軍事機密ゆえに1ヵ月と言ってみたものの、許攸に偽りであると見抜かれてしまった。10日分を残すのみである、5日分を残すのみであると計4度にわたり偽りを述べても許攸は納得せず、結局、許攸から既に兵糧が尽きているという真実を指摘されることとなった
問73 袁紹軍の輜重兵糧が烏巣に集められているという情報は、同軍を壊滅させかねない最高軍事機密である。しかし、烏巣攻撃前の時点では、曹操を烏巣に誘い込むための謀略という判断もあり得たところである。曹操自ら軍を率いて今夜のうちに烏巣を奇襲するという決断を迅速に下すことができた理由として誤っているものはどれか?
1 初戦で酷い負け方をしながら、袁紹軍の兵士たちは逃亡するどころか概ね戻って来ていた。それは、餓死をおそれて豊富な兵糧を目当てに戻ったのであろうと納得した
2 許攸は幼い頃に同じ環境で机を並べて学んだ仲である。その許攸がわしを陥れるようなことをするはずがない
3 許攸が深夜の時間帯に曹操の陣を訪れて投降したからには、何らかの手土産があるはずである。それが、烏巣についての情報提供なのであろう
第30話 曹操、河北を平らぐ
問74 第30話の冒頭で一気に5年ほど時が経過しているが、河北平定というプロジェクトの大きさからすれば、たった5年で平定できたという見方もできる。次に掲げる記述のうち、当該プロジェクトの完遂を早めた要因として誤っているものを組み合わせたものはどれか?
ア 軍師・郭嘉が「兵は神速を貴ぶ」と述べて異民族の奇襲を提案した
イ 荊州の劉表のもとに身を寄せた劉備は、曹操が袁軍と戦っている間に許都を攻撃するよう提案した
ウ この頃、江東では孫策が刺客に襲われて命を落としたが、文官筆頭の張昭、武官の周瑜が、率先して孫権を盛り立てた
エ 袁紹死後の袁譚・袁煕及び袁尚の後継争いにより、一致団結して曹操と戦うことができなかった
1 アイ 2 イウ 3 ウエ
問75 河北を平定した曹操は鄴で戦後処理を行ったが、その内容として正しいものはどれか?
| 討賊の檄文を起案した陳琳 | 密かに袁軍と通じていた臣下 | 烏巣の情報をもたらした許攸 | |
| 1 | 陳琳の文才は認めるが、開戦に先立ち自らの正当性を主張して自軍の士気を高めようとするのであれば曹操を貶めれば足り、同人の父や祖父まで貶める必要はない。このような礼節を欠く人物は統治に必要ないとして処刑した | 密書の差出人を牢に入れて事情を聴取したうえで、全員を処刑した。また、聴取内容を踏まえ、今後に向けた再発防止策として、臣下の不審な動きを察知した場合の内部通報制度を構築した | 最高レベルの軍事機密をもたらした功労者を曹操自ら罰することはできなかったが、代わりに許褚が許攸の首を刎ねてくれた。罪を犯した許褚は歩兵に降格させ、許攸の墓前での謝罪と3ヵ月の禁酒も言い渡したが、それには許褚のさらなる成長に期待する狙いがあった |
| 2 | 陳琳の文才を認め、今後の統治に必要な人物として採用オファーを出した。これを拒否した場合でも、創作した詩を最初に曹操に見せることを条件として、屋敷と織物を与えると申し入れた | 袁紹宛の密書を文官武将が見ている前で焼き払い、過去は不問とした | 最高レベルの軍事機密をもたらした功労者を曹操自ら罰することはできなかったが、代わりに許褚が許攸の首を刎ねてくれた。罪を犯した許褚は歩兵に降格させ、許攸の墓前での謝罪と3ヵ月の禁酒も言い渡したが、それには許褚のさらなる成長に期待する狙いがあった |
| 3 | 陳琳の文才を認め、今後の統治に必要な人物として採用オファーを出した。これを拒否した場合でも、創作した詩を最初に曹操に見せることを条件として、屋敷と織物を与えると申し入れた | 密書の差出人を牢に入れて事情を聴取したうえで、功なき者は処刑したが、功ある者には行為の悪質性に見合った処分を下した | 最高レベルの軍事機密をもたらした功労者を曹操自ら罰することはできなかったが、代わりに許褚が許攸の首を刎ねてくれた。どうせ荀彧らが止めてくれるだろうと考えて許褚に死罪を言い渡したが、誰も助命を嘆願してくれなかったため、許褚はそのまま処刑されてしまった |
問76 荊州の劉表は蔡瑁の反対を退けて劉備を受入れたが、劉備を赴任させた場所並びに劉表が抱えていた難題及びその解決に向けた劉備の提案の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 劉備の赴任地 | 劉表の難題 | 劉備の提案 | |
| 1 | いつでも劉表の相談相手になれる襄陽 | 河北の袁紹と同様、後継者問題を抱えていた | 長男の劉琦と次男の劉琮の能力・資質を比較して判断すべきである |
| 2 | 曹操との関係で最前線に位置する新野 | 江東の孫権と同様、騎馬兵の強化という課題を抱えていた | 西涼の馬騰に涼州馬の輸入を打診すべきである |
| 3 | 曹操との関係で最前線に位置する新野 | 河北の袁紹と同様、後継者問題を抱えていた | 形式的に長男の劉琦を後継者とすべきである |
第31話 的盧、檀渓を飛ぶ
問77 劉表から端午の節句の宴に招かれた劉備は、後継者問題を抱える劉表に対して長男・劉琦を後継とするよう進言したが、これを知った蔡瑁は劉備を暗殺しようとした。暗殺に失敗した蔡瑁は劉備の宿所の壁に詩を書いたが、この行動にはいかなる狙いがあるか?
1 劉備を暗殺する千載一遇の好機を逃してしまった悔しさを詩に残すことにより、生涯にわたり自身の戒めとすることとした
2 野心を内に秘めた劉備が反逆の詩を残して劉表に無断で新野に立ち去ったという話にすることで、劉備の討伐を劉表に認めさせようとした
3 野心を内に秘めた劉備が反逆の詩を残して劉表に無断で新野に立ち去ったという話にすることで、劉表が心労により倒れることを期待した
問78 病を得た劉表に代わって劉備が名代として荊州の官僚の宴に参加することとなったが、既に襄陽で蔡瑁に命を狙われており、劉備が出席すれば不測の事態も想定されるところである。この時、劉備が自身の護衛を命じた者は誰か?
1 関羽
2 張飛
3 趙雲
問79 劉備が荊州の官僚の宴に出席すると、劉備を殺害するため蔡瑁が兵を率いてやってきた。劉備は劉琦の助けによって難を逃れた後、水鏡先生の庵に辿り着き、先生からいくつかの教示を受けることとなるが、この時の先生の発言として誤っているものはどれか?
1 孔明は主君を得たが、時を得ておらん。惜しいのう。
2 檀渓は、かつて楚の項羽が秦の投降兵30万人を殺した場所です。檀渓にはまったものの馬が舞い上がって助かったのは、おそらくそなただけです
3 劉表には、外には強敵あり、内にも乱れあり。遠からず、荊州は他の勢力の手に落ちるでしょう
第32話 徐庶、諸葛亮を薦む
問80 新野の劉備が曹仁に攻められた際、軍師・徐庶が各将に与えた役割を組み合わせたものとして正しいものはどれか?
| 八門金鎖の陣を崩す役割 | 崩れた陣に突撃する役割 | |
| 1 | 関羽 | 張飛 趙雲 |
| 2 | 趙雲 | 張飛 |
| 3 | 趙雲 | 劉備 関羽 張飛 |
問81 かつて曹操は、劉備が袁紹によって処刑されることに期待して関羽を白馬に出陣させたことがある。では、母を救うために許都に向かいたいと願い出た徐庶に対して、劉備はどのように対応したか?
1 曹操が徐庶の母親を処刑すれば、徐庶は曹操に対する復讐心から、ますます劉備に忠誠を尽くすことが予想される。そこで、劉備は徐庶の別れの挨拶を病と称して断り続けることで、徐庶を荊州に引き留め続けようとした
2 漢の再興を諦めていない劉備としては、曹軍に対する大勝をもたらした軍師を手放すことはまことに惜しいのであるが、徐庶の孝行の気持ちを受け止めて、曹操のもとに送り出すこととした
3 劉備は自身に対する忠義よりも母親に対する孝行を優先する徐庶の姿に呆れ果てた。水鏡先生の庵で聞いた「軍師という立場は私には重すぎる」という言葉の意味をようやく理解した劉備は、自身の愛馬・的盧を与えて徐庶を見送った
問82 曹操は八門金鎖の陣を破った徐庶について、荀彧に対して「そなたと比べてどうか?」と問うている。劉備も去り際に諸葛亮を推挙した徐庶に対して「そなたと比べてどうか?」と問うている。荀彧の回答と徐庶の回答の組み合わせとして正しいものはどれか?
| 荀彧の回答 | 徐庶の回答 | |
| 1 | 徐庶がいかに優れていようとも実務経験がありません。それに比べて、私は内政・軍事双方にわたり十分な実績があるため、私の方がはるかに優れています。 | 私と諸葛亮では比べものになりません。駄馬と麒麟、カラスと鳳凰くらいの違いがあります。 |
| 2 | 徐庶は私よりも十倍ないし数十倍勝ります。 | 私と諸葛亮では比べものになりません。駄馬と麒麟、カラスと鳳凰くらいの違いがあります。 |
| 3 | 徐庶は私よりも十倍ないし数十倍勝ります。 | 諸葛亮は確かに水鏡先生の門下生として優れていましたが、机上の学問と実務は違います。これから実戦経験を踏むことで一人前の軍師に成長していくことでしょう |
第33話 三顧の礼
問83 以下の文章を適切な順序に並べ替えたうえで、空欄に語群から適切な語句を補充したとき、3番目の空欄と6番目の空欄に入る語句を組み合わせたものとして正しいものはどれか?
ア この難問について意見を求められた劉備は、お家の事情に口を挟むべきではないとしつつも、【 】を廃して【 】をたてれば混乱を招くという道理を述べたが、このことが蔡一族に知られたことで命を狙われるようになった。荊州の文官らが参集する宴の席に招かれた際は、的盧にまたがって檀渓を渡り、水鏡先生の庵に逃れている。
イ このような状況のもとでも、劉備は【 】をもって天下を安んじるという志を曲げてはいないが、同族の劉備の説得によっても劉表が曹操討伐の兵をあげることはなかった。ただ、劉表は劉備を相談相手としてしばしば襄陽に招いており、劉表の最大の悩みは後継者を長男・劉琦と次男・劉琮のいずれとするかであった。
ウ 水鏡先生の庵で徐庶を軍師として登用することに成功したが、徐庶はほどなくして母親を救うために曹操のもとに向かってしまった。ただ、徐庶は去り際に、「諸葛亮孔明という天下第一の人物が隆中に住んでいる」という情報をもたらしてくれた。そこで、義弟の関羽・張飛を伴って諸葛亮に会いに行くのだが、この出来事は現代の日本においても【 】として広く知られている。
エ この時、劉備は水鏡先生から、「【 】か鳳雛、いずれか1人でも臣下に登用できれば天下を手中にできる」と言われている。先生曰く、大業を成すには文武の両翼が必要であるところ、劉備のもとには関羽・張飛・趙雲といった万夫不当の猛将はいても、天下を俯瞰して方略をたてられる軍師がいないとのことであった。
オ かつて、曹操から借りた兵を使って徐州を奪い、中原の勢力の一角を成した劉備であったが、曹操に敗れて冀州に落ち延び、冀州を離れた後は【 】の劉表のもとに身を寄せており、漢室再興の志とは裏腹に、もはや河北を平定した曹操との差は決定的ともいえる状況にあった。
【語群】
a 仁義 b 権謀 c 臥竜 d 臥豚 e 荊州
f 益州 g 長男 h 次男 i 三辞の礼 j 三顧の礼
1 jg 2 ac 3 bc
問84 かつて、古城で関羽・張飛らと再会した劉備は、趙雲も含めて「4兄弟」と述べていた。しかし、諸葛亮に会いに行く際は、「3兄弟のうち1人でも欠ければ失礼になる」と述べている。このことから、本作品を創作した現代のクリエイターらは、劉備・関羽・張飛とそれ以外の臣下たちを描き分けていると考えられるが、視聴者の立場からの推測として明らかに誤っているものはどれか?
1 いかに軍師が優れていても、軍師のイメージどおりに任務を遂行できる武将がいなければ戦術は成功し難いところ、徐庶は八門金鎖の陣を崩す役割を関羽・張飛を差し置いて趙雲に与えている。また、劉備も荊州の官僚の宴の際、護衛を張飛ではなく趙雲に任せており、趙雲は蔡瑁との一騎討ちを控えて劉備を探し続けた。これらを踏まえれば、趙雲を任務遂行能力が極めて高い人物として描こうとしているのではないか。
2 張飛はいつも積極的に劉備に対して意見する。関羽も、劉備の考えを第一としつつも、自身の見解を述べることをいとわない。これに対して、趙雲は劉備と関羽・張飛のやりとりの聞き役にまわることが多い。趙雲が劉備に明確に意見するようになるのは、関羽が呂蒙に討たれた後である。これらを踏まえれば、趙雲を先輩をたてようとする遠慮がちな人物として描こうとしているのではないか。
3 軍師はその知識・情報を踏まえて先を読んだうえで、敵の属性との関係で具体的な戦術を授ける立場にある。まだ軍師を得る前の劉備は、古城で関羽・張飛らと再会した際、趙雲が既に先のことを見据えていることを褒めている。これらを踏まえれば、劉備に仕えた時期は関羽・張飛よりもやや遅れるものの、趙雲の資質は軍師の必須スキルとしての先見性と親和的であり、後日、臣下に加わる軍師層にとって使いやすい武将として描こうとしているのではないか。
問85 徐庶から諸葛亮を推挙された劉備は、義弟の関羽・張飛を伴って隆中の諸葛亮の庵を訪問したが、初めて訪問したとき、諸葛亮は不在であった。この頃の諸葛亮の居場所を視聴者の立場から推測するとした場合、明らかに誤っているものはどれか?
1 賊を討伐して漢の再興を果たすことは人としての本分であるとの考えから、劉備の来訪予定を知った時点で、諸葛亮の気持ちは既に仕官に決していたのかもしれない。諸葛亮は劉備に対する最初の手土産として、多少礼は失するが、劉備が大業をなすうえで必要な益州の地図を作るため、劉備の最初の訪問の時点で既に益州に向かっていたのではないか。
2 賊を討伐して漢の再興を果たすという理念において劉備と一致したとしても、諸葛亮が自身のプランを実行に移すためには、トップの劉備自身が新参の諸葛亮を関羽・張飛らと同等以上に遇することを行動で示す必要があったのだろう。最初の2回の訪問については不在にすること自体が目的化していたと考えれば、劉備の最初の訪問の時点ではさほど遠くへは行っていないかもしれない。
3 既に襄陽を中心として学問で名声を得ている諸葛亮が、いまだ領地すら持たない劉備の臣下に加わることに何のメリットがあるだろうか。そのようなリスクを冒すよりも、友人らと一緒に安全地帯から曹操や劉備の悪口を言い合いながら酒を酌み交わすほうが楽しく生きられるとでも考えていたのではないか。劉備の訪問の際も、きっと寝具の下あたりに隠れていたのであろう。
問86 劉備は諸葛亮の庵を初めて訪問して以来、定期的に使いを送りながら諸葛亮の帰宅を待ち続けていたが、数ヶ月経過しても諸葛亮は戻らなかった。しかし、ある雪の日、諸葛亮が帰宅したとの報告を受けたため、渋る関羽と張飛を従えて再び隆中に向かった。今回の訪問でも諸葛亮に会うことはできなかったが、劉備のなかでの2度目の訪問の主観的な意味づけとして明らかに誤っているものはどれか?
1 酒場で石広元や孟公威といった諸葛亮の友人らの酒代を負担したことで、いくばくか諸葛亮との距離を縮められたような気がした
2 諸葛亮の妻の黄月英が木牛流馬の手入れをしているのを見た劉備は、将来の軍事利用の可能性を感じ、これを譲受けて新野に持ち帰り、まったく同じものの量産を開始した
3 諸葛亮の弟の諸葛均に書状を託したことで、自身の誠意と国の行く末を憂う想いが伝わるのではないかと期待した
問87 占いで大吉がでた日、劉備は遂に諸葛亮と会うことができたが、これに先立ち、劉備は諸葛亮の庵から1kmほど離れた場所で馬を降り、歩いて庵に向かっている。劉備が庵からやや離れた場所で馬を降りた理由として正しいものはどれか?
1 確かに、諸葛亮には自分たちが歩いている姿は見えないが、誠意とは他人に対するものではなく、己に対するものである
2 劉表殿から新野の防衛を任されてはいるが、曹操は河北平定戦に注力していたため戦闘は発生せず、3兄弟そろって脾肉がついてしまっていた。そこで、運動不足の解消のため、意識的に歩くこととした
3 庵から少し離れた場所で馬を降り、そこから走って庵まで行けば、諸葛亮は劉備たちがわざわざ新野から走って会いに来てくれたと思うだろう。そうすれば、自分たちの誠意がより一層伝わると考えた
第34話 孫策、孤を託す
第35話 諸葛亮の緒戦
第36話 長坂坡の戦い
第37話 儒者たちとの舌戦
第38話 周瑜を怒らせる
第39話 蒋幹、手紙を盗む
第40話 草船で矢を借りる
第41話 苦肉の策
第42話 赤壁の戦い
第43話 司馬懿、出仕す
第44話 曹操、華北に帰る
第45話 曹沖の死
第46話 荊州を争う
第47話 智略で南郡を取る
第48話 魯粛の斡旋
第49話 趙雲、桂陽を取る
第50話 長沙の戦い
第51話 再び荊州を求める
第52話 劉備、呉を訪ねる
第53話 孫権、兵符を返す
第54話 甘露寺に婿を招く
第55話 計りて虎穴を脱する
第56話 再び周瑜を怒らせる
第57話 周瑜の死
第58話 諸葛亮、喪に服す
第59話 銅雀台に詩を戦わす
第60話 馬騰、都に入る
第61話 曹丕に罪を問う
第62話 衣を脱ぎ馬超と戦う
第63話 張松、辱めを受ける
第64話 張松、地図を献ず
第65話 江を遮り阿斗を奪う
第66話 落鳳坡
第67話 劉備、益州を領す
第68話 単刀会
第69話 曹丕、乱を平らぐ
第70話 楊修の死
第71話 骨を削り毒を除く
第72話 麦城に敗走す
第73話 曹操薨去
第74話 七歩の詩
第75話 退位を迫る
第76話 曹丕、漢を簒奪する
第77話 張飛、殺害される
第78話 劉備、呉を伐つ
第79話 黄忠、矢に当たる
第80話 陸遜、大都督となる
第81話 夷陵の戦い
第82話 陸遜、連営を焼く
第83話 白帝城に孤を託す
第84話 出師の表
第85話 罵って王朗を殺す
第86話 空城の計
第87話 泣いて馬謖を斬る
第88話 曹真、兵権を譲る
第89話 司馬仲達、計にあたる
第90話 曹真、敵を軽んじる
第91話 諸葛亮、軍を返す
第92話 木牛流馬
第93話 上方谷の火、消える
第94話 星落ち、五丈原に逝く
第95話 司馬氏、天下を統一す
三国志演义中,反映了之后时代的人们的,希望是这样的世界的愿望♪岩田特别重视的是如何灵活使用这个的关系♪
The Romance of the Three Kingdoms reflects the hopes of later generations for the kind of world it is ♪ Iwata places particular importance on the relationship with someone who can master this ♪
三國志演義は、後世の人々が史実を踏まえつつ登場人物たちに「義」を「演じさせたもの」です♪ これを使いこなせるかたとの関係を、岩田は特に重視しています♪